砂山がいつ崩れるか誰も知らない


いわゆる複雑系科学の本、と思いきや。
複雑系科学の先端、「べき乗則」に代表される、臨界状態のシステムの振る舞いをもとに、地震から株価、はては戦争まで、「現実世界の」法則性――予測できない、という法則性――について考察した本です。


1987年、三人の物理学者が、ちょっとしたコンピュータシミュレーションを行いました。
それは、テーブルの上に砂粒を1粒ずつ落としていったらどうなるか、というシミュレーションでした。
コンピュータの中の砂山に砂粒を落としていくと、どこかの時点で「なだれ」が起きます。
何千何万というシミュレーションを行い、その「なだれ」の規模、について調べた物理学者は、ある事実に気づきます。
それは、「なだれ」の規模は正規分布に従わない、つまり、「典型的な規模のなだれ」などというものがない、ということでした。


その代わり、「なだれ」の規模はある単純な法則に従っていました。
それは、「べき乗則」と呼ばれる法則で、「なだれの規模が2倍になると、その頻度は(例えば)半分になる」という法則でした。
たとえば、10粒の砂粒が転げ落ちる「なだれ」が1000回起きたとすると、20粒は500回、40粒は250回・・・というように。


やがて科学者たちは、「地震」や「株価の上下」といった、「複雑すぎて予測が困難な」多くの事象について、このべき乗則が成り立つことを発見します。
それは、それらの事象について、「本質的に予測できない」ということを意味しているのです。


なぜなら、1粒の砂粒を落としたときに、どんな規模の「なだれ」が起きるかを予測するためには、山にある「すべての」砂粒がどんな状態か、を把握する必要があります。
そして、山全体が崩れるような「なだれ」も、10粒の砂粒が崩れるだけの「なだれ」も、たった1粒の砂粒が山に落ちた、という「同じ原因」で発生するものです。


同じように、地震の予知のためには、地殻を構成する岩の全ての状態を把握する必要があるのですが、それは現実的に不可能です。
そして、たった1つの岩がずれた、という原因で、微弱地震から大震災まで、どんな規模の地震でも起き得るのです。
株価についても、投資家の全ての考え、市場の全ての情報を把握する必要があり、そして、たった1つの売り買いが、世界恐慌にまで発展し得るし、
たった1つの小さな抗いが世界全体を巻き込む戦争に発展し得るのです!


――筆者の主張をごく簡単に誤解を恐れずまとめたら、こんな感じでしょうか。
この筆者はなかなかに過激なことを書く人で、例えばこの本では、(私の読み方が間違ってなければ)

  • 地震予知などというのは疑似科学である!
  • 世界恐慌大戦争について、その理由をもっともらしく述べるのは、ただ「起きたこと」をさまざまな観点で叙述してるだけ。
  • その叙述、つまり歴史から学んで「次の戦争」「次の恐慌」を予測することはできない!

等と言うことが主張されています。


筆者の主張の全部が正しいかどうかはさておき。
「特別なイベントには、何か特別な理由があるはず」と考えてしまいがちな思考を覆し、「何の理由も無くても特別なイベントは起きる」ということに気づかせてくれます。
これは、私の中では、「進化論」をはじめてきちんと理解できた時のような、世の中の見方が変わってしまうようなパラダイムシフトでした。


本自体は専門用語も数式も殆ど出てこない、読みやすい本です。